Pingst 聖霊降臨祭

Bさんから「先日は私たちと一緒に過ごしてくれてありがとう。 Glad Pingst.」というメッセージが書いてあるポストカードが届きました。

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こちらの方がお世話になったのに、わざわざカードを送ってくださるなんて嬉しいです。 そして、私がちょっと驚いたのは、「Glad Pingst (Pingst おめでとう)」と書いてあったこと。 

Pingst とは、日本語で「聖霊降臨祭」と訳されるキリスト教の祝日。 復活祭から50日後にあたる日曜日です。 その翌日の月曜日は Annandagpingst (英語で Whitmonday ウィットマンデー)と呼ばれ、引き続き祝日。

今年(2007年)は5月27日が Pingstdagen で、26日が Annandag pingst。

以前は、スウェーデンでも、きちんとした公共の祝日でした。 ところが、2005年から、公共の祝日ではなくなったのです! その代わり、今まで休みではなかった、6月6日の Nationaldagen (国民の日)を祝日にするからと。

こうしてキリスト教の伝統は、一部のスウェーデン政治家による平等と民主主義精神により、この国では廃れていくのね。 

もともとスウェーデンで、特に Pingst を祝っていた様子はないのですが、この日に結婚式が多く挙げられることで有名。 スウェーデンでは夏の始まりで、花が咲き緑が生い茂り、日も長く、天気も良い時期だからです。

私は、復活祭や夏至祭のときのように、Pingst でも「おめでとう (正確には、Glad とは Happy という意味ですが)」と言うことを知らなかったので、びっくりしたのですが、80年代前半頃までは、特に何をするわけでもないが、Pingst 用のカードが売られ、人々は Glad Pingst! と言い合っていたそう。 今はさっぱり見かけませんし、聞きません。

しかし祝日を新しく作るために、もともとあった祝日をなくすなんてヤボなことしないで、ひとつ増やせばいいだけなのに。 スウェーデンって、ケチ!

本物のオストカーカ ostkaka

スモーランド名物オストカーカ ostkakaについては、以前記事を書きましたので、まずこちらを参照していただきたいのですが・・・

スモーランドで手作りオストカーカを味わった友人が、語ってくれたオストカーカの絶品さに刺激され、市販のオストカーカを購入して食べたが、なんとも妙な味わいだった・・・ という話でした。

その友人とは、今回SASのストライキで悲惨な目に合った彼女で、そのオストカーカを作った女性とは、Bさんだったのです。

そして、今回、私もBさん手作りのスモーランドの味、本物のオストカーカを味わことができました! こちら(友人撮影)です。 (偶然にも、家で市販のオストカーカを食べたときの器と、Bさんのところで出された器が同じ、Rorstrand (Rörstrand) 社の、Gron Anna (Grön Anna) シリーズ。)

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最初の一口を食べた、あの衝撃は忘れられません。 
「市販のものと、全然違う〜!!」 

とても濃厚な、しっかりした味。 でもクドさや牛乳臭さはなく、さっぱりしているのか、どんどん口に入ります。 確かな歯ざわりがあり、特に細かく砕いたアーモンドとの感触が絶妙! 

市販のものはプヨプヨし、味はなく、アーモンドだってちょっとしか入ってない。 雲泥の差というか、まったく別の代物。

クリームやジャム(これもBさん手作り)をかけると、またオストカーカのおいしさが引き立ちます。 うう〜ん、これが本物の、伝統の、オストカーカなのね! 感動の味でした。

後日談

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サマーハウスでパン作り

Bさんのお家から徒歩10分ほどに、Bさんの息子さんが所有するサマーハウスがあります。

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このサマーハウスには、昔の、薪をくべて暖める式のパン焼き窯があり、ときおりBさんは、仲間の女性たちとパンを焼くそうです。 その様子を収めたビデオを見せていただきましたが、すごい!

まずは、形も大きさも揺りかごのような木の箱に、小麦粉などの材料を入れ混ぜる。 その量がハンパじゃない。 こねていると、腕の半分までパン生地にのめり込みます。 こねて、寝かせて、こねて、寝かせて。 前の晩から仕込んでおきますし、量も多いため時間がかかります。

それから窯の中に薪をくべ、燃やす。 じゅうぶん窯の中が温まるまで、これまた時間がかかります。 薪が全て灰になったら掻き出し、その中に丸く形を整えたパンを入れ、焼きます。 

前回はパン作りを手伝った友人ですが、「私は焼く前のパンに、フォークで穴を開ける係だった。 それくらいしか、できなかったのよ」。

パン作りは、かなりの体力が要ります。 手際の良さも大切。 作っていたのは、お年を召した女性3人。 もう、感心感動しながらビデオに見入ってしまいました。

パンは全部で12個ほど出来たでしょうか。 まだ窯の中が温かいからと、その後にクッキーなど、小さなお菓子も焼いていました。 こういう「おまけ」が、また楽しい。

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サマーハウスの中が、これまた、かわいらしい。 私は、モダンな北欧デザインよりも、一昔前の生活に使われていたデザインや物の方が好きです。 Bさんがパン造りに使う道具も、骨董品の域に入るような年代物。 薪は外の森で、灰を掻き出すときに使うモミのような葉は庭から取ってきた、自然のもの。 Bさんのお家やサマーハウスは、そんな古き良き時代のスウェーデンらしさが、溢れていました。

手摘みで手作り ベリーのジャムとパイ

「森の中一面にベリーが生い茂り、絨毯が敷かれたように真っ赤なの。 ブルーベリーとリンゴンベリーは、同じ場所に生えていても、生る時期が微妙に違い、ブルーベリーで真っ黒だった森が、あるときからリンゴンの赤に変わるのよ」。 前回は夏にスモーランドを訪問した友人、ベリー摘みをした感動を、そう私に語ってくれました。

今日はこっち、明日はあっちと、毎日毎日場所を替え、ベリーを追いながら摘み続け。 「でも最初、一口つまんで食べたら甘くておいしくて、いつの間にか口の周り真っ青にして、それを見たBさんに、きちんとカゴの中にも入れてね、って言われちゃった」。

今回は春の訪問でしたので、ベリーの実は生っていませんでしたが、花をつけ始めていました。 そして、Bさんの家に着いたそうそう、「はい、これ持てってね」と、Bさんが出してくれたのは、ご自分で摘んだベリーで作ったジャム!

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真紅がリンゴンで、黒いのはブルーベリーとラズベリーのミックス。 (6瓶もくださったけれど、日本に持って帰るのは重いので、私が4瓶もいただきました。)

私は、リンゴンジャムが苦手。 お店で売っているものは、ピリピリしたり苦味があったり、味がない。 しかし、Bさんのリンゴンジャムは、市販のものと、まったく違う!! 苦味はまったくなく、甘酸っぱい、さわやかな味わい。 リンゴンの味がする!

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Bさんは冷凍保存したベリーで、ベリーパイも作ってくださいました。 容器の下の部分に、たっぷりベリーを敷き、上に生地を乗せて焼きます。 甘みが強くないベリーそのものの味と、甘くサクサクした生地の歯ざわり。 絶妙な味わい! 新鮮なベリーは、何より贅沢なデザートです。

スモーランドで Småland

スモーランド Småland は、スコーネのすぐ上(南西)に位置しています。 今年(2007年)生誕300年をむかえる植物学者リンネ (Carl von Linne) 、生誕100年の児童作家アストレッド・リンドグレーンは、このスモーランドの生まれです。 日本にも進出したスウェーデン大手家具メーカーIKEA発祥の地であり、マッチが発明されたのも、ここスモーランド。 観光としては、「ガラスの王国」が有名でしょうか。

森と湖からなる広大な土地に、小さな町や村が点在しています。 そんな小さな町に、友人の親しい知人を訪ねました。 (思いがけず私まで招待を受け、喜んで友人に付いて行って。) その方、Bさんは、こ〜んなステキなお家に住んでいます。

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Bさんは、この地域で生まれてからずっーと住み、郵便配達の仕事をしていたので、地理にも詳しい。 今でも車を飛ばして自由自在、どこにでも行きます。 教会での散歩の会のリーダーでもあるので、山のような森の中の険しい道も、私たちをガイドしながら、すいすい歩く。 足腰は私たちより強いし、パンをこねたり、機織したり、私たちより体力がある。 ミツバチ飼ってハチミツ取って、ベリーを摘んでジャム作って、自然の中でなんでも手作り。 多くのお友達や親族に囲まれ、いろいろな方の面倒を見て(私たちも見てもらった・・・)、皆に慕われる、75歳の素晴らしい女性。 彼女の前で私たちは、ピヨピヨひよっこでしたよ。

Bさんのお家は、内部も居心地よく、古くてかわいいものがたくさん。 裏庭でフィーカの様子は、私のガーデニングブログ『北欧ガーデン』「スモーランドの庭」をご覧ください。

最悪! スカンジナビア航空のストライキ 荷物編

スト2日目。 SAS機は全てキャンセル。 振替の便も見つからないため、友人はパリに行くのをあきらめ、予定より早くスウェーデンの我が家へ来ることになりました。

しかし、彼女のスーツケースは行方不明。 窓口では「パリに行った」という答えしか得られず。 本人はここで立ち往生しているのに、荷物だけパリに行った〜!?

空港で与えられた問合せ先電話番号に電話しても、録音されたアナウンスが繰り返されるばかり。 ニュースやウェブサイトでは、通常に戻るめどはつかないので、今日の便の予定でも空港に来るな、と取り付く島もなし。

24日から始まったストはついに3日目に入り、夕方ようやく解除。 

27日、コペンハーゲン国際空港は正常に動き始めました。 この日の朝、友人はパリからコペンハーゲンに戻る予定だった。 つまり、きっかり彼女がパリにいるはずの3日間が、ストのため泡と消えてなくなったのです。 このパリ便を取るため、彼女は旅行会社に毎日電話をかけ続けたのに、なんだったのか、あの苦労は・・・

もしかして彼女のスーツケースはコペンハーゲン空港にあるかもしれないと、私たちは空港に出かけてみました。 インフォメーションで説明すると、手荷物受取場に入れてくれ、紛失クレームの窓口で問い合わせてみましたが、「今日から正常に戻ったばかりなので、まだ何も分からないわ」。

手荷物受取場の隅には、ストで滞っていた大量の荷物が運びこまれ、その中にあるかもしれないと、何回も何回も見てまわったけれど、見つからず。 荷物のタグの最終地がパリになっていたので、やはりパリに行ってしまったのか。 しかし、今日の朝は、ここに戻ってくるはずだったのに〜。 なんともやるせない。

見つかったらスウェーデンの我が家に送ってもらうことにしたが、「明日は無理でしょうね」。 でも明後日は、私たちもスモーランドに行ってしまう。 荷物が届くのを待つ余裕はない。

したがって、友人は、スーツケースなしで今回の旅行日程の9日間を過ごすことになったのです。 パリ用のステキな服の替わりに私のやぼったい服を着て、使い捨てコンタクトレンズは2,3日同じものを使って。

スーツケースが見つかったとの連絡は、ストックホルムにいた夫の携帯電話に入りました。 届け先住所に電話しても誰も出なかったから、夫の携帯を探し当て連絡したらしい。 結局、飛行機を利用し戻る夫が最寄空港で友人のスーツケースを受け取ってくれました。

私たちがスモーランドの旅行から戻ったのは、友人が日本に帰る前日。 つまり、友人がスーツケースに再会したのは、日本に戻る前日だったのです。

深いため息と共に友人が言った言葉。 「スーツケースがなくても、旅が出来るって、分かったわ」。

最悪! スカンジナビア航空のストライキ 空港編

4月24日夕方6時半、デンマークのニュースを見ようとTVをつけると、飛び込んできたのはコペンハーゲン国際空港の映像。 生中継。 それだけで何が起こったのか分かります。 また、ストやっているのか。

スカンジナビア航空(SAS)やコペンハーゲン空港は、年中ストを起こし、私もニアミスしたことがあるので、驚きません。 しかし、今日この時、私の友人がSASの直行便で日本の成田を発ち、コペンハーゲン空港入りしているはず。 それだけなら問題ありませんが・・・

彼女の場合、この日16時にコペンハーゲン着、その後18時にSAS機でパリに行く予定だったのです! (パリの知人宅で3泊し、27日の朝コペンハーゲンに戻り、スウェーデンに来る予定だった。)

今回のストは、予告なしの違法なもの。 SASデンマークのフライトアテンダントが起こしたらしい。 とにかく、全てのSAS機は運航をキャンセル。 空港は行き場を失くした乗客でごった返し、収拾がつかない状態。 友人は他機に振替、無事パリに行くことができただろうかと、祈るような気持ちでニュースを見ていると、電話が鳴り・・・

祈りも空しく、コペンハーゲン空港にいる友人からの電話でした。

空港内は混乱を極め、どうにもならない状態らしい。 友人は、なんとかこの日のホテルをあてがわれ、今晩はホテルに泊まるという。 (ホテルも満室になり、500人は空港で一夜をあかしたとのこと。)

コペンハーゲン空港は、私もよく利用し、常日頃そのサービスの悪さには閉口しているので、友人の憤慨が手に取るよう分かります。 まずインフォメーションが何もない。 何が起こっているのか、どこへ行けばいいのか、まったく説明がない。 ようやく職員がいるデスクに辿り着いても、周りにいるデカイ図体の北欧人が、北欧語で何か言えば、流暢な英語を話す小柄なアジア人なんて、無視される。

「ものすごく人種差別を感じたわ。 アジア人だからよ」と憤る友人。 夫「いや、デンマーク人はデンマーク人以外全て差別する」。 いや、差別とかの前に、自分のことしか考えない人たちだからだと、私は思う。

翌日、スト2日目。 解除される様子はなし。 ホテルからもあちこちに電話をかけ、憔悴し夜を明かした友人は、ひとまず空港に戻ると言う。 できればパリに行きたいし。

しかし、往復だと渡されたタクシーのクーポンが、なんと片道だけ。 そして彼女は自分が一体どこのホテルにいるのか、場所も分からない。 なんでも空港からタクシーを1時間以上走らせ着いた所は、自然に恵まれた美しくのどかな地域で、こんな状況でなければ、とてもステキなのに・・・

後でホテルの住所を見てみると、なんとコペンハーゲンからずぅっーと離れた郊外、『ハムレット』の舞台となったクロンボー城がある街!

ひとまず自腹で払った空港までのタクシー代は、日本円で2万円以上かかりました。

思いがけない1週間

早めのゴールデンウィーク休暇を取った友人が、スウェーデンに遊びに来ました。

しかし、彼女の旅行は、最初から試練の連続、波乱万丈! それに私も巻き込まれ、思いがけない1週間を過ごすことになりました。

その間、友と共に体験した喜怒哀楽の詳細は、これからブログにアップいたしますが、そもそもの始まりは・・・

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